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第1章 断罪の舞踏会

Author: Miyuki
last update publish date: 2026-01-28 20:45:55

「レティシア・ヴァルフォード。今日この場をもって、お前との婚約を解消する!」

ユリウス王太子の声が、広間の隅々まで鋭く響き渡る。

深紺の王家礼服には金糸の刺繍が施され、肩章と勲章が眩く光っていた。

その凛とした立ち姿には確かな威厳があった——もっとも、それは表面だけにすぎない。

「これより、レティシア・ヴァルフォードの罪状を読み上げる!」

王太子の声が再び広間に突き刺さる。冷たい視線。断罪の意志だけがそこにある。

「第一。聖女候補エミリア・ローゼンを嫉妬のあまり陥れ、虚偽の噂を流布した罪。」

ざわりと空気が揺れ、貴族たちが互いに顔を見合う。

「第二。王家への正式な報告文を偽造し、王国の秩序を乱した罪。」

扇子が落とす小さな音が、やけに大きく響いた。

「第三。王太子妃として求められる品位を欠き、王家の名誉を傷つけた罪。」

「以上三点、紛れもなく重大な背信行為である! これをもって、お前との婚約を正式に解消する!」

シャンデリアの光は眩いほどきらめき、壁の金箔や彫刻はそれを反射して輝く——まるで私を裁くために、すべての光が集められているかのようだった

貴族たちがざわめき、扇子の陰で口元を隠しながら、指先で私を指す。

嘲り、軽蔑、好奇心。

あらゆる視線が、無遠慮に私を貫いてくる。。

(やっぱり、こうなるのね……)

前世で何度も見た「悪役令嬢のバッドエンド」。これはその焼き直し——私はただ、それを静かに受け入れているだけだった。

「こちらの手紙がその証拠です!」

ユリウスはわざとらしく、“偽造された手紙”をひらひらと掲げる。

「王太子妃にふさわしくない振る舞いです!」

「聖女候補を害するなど、重罪にあたります!」

広間の空気が、一瞬で凍りつく。全員の視線が私に集中し。

(出た…台本通りの断罪イベント。また、この流れ。)

光を受けた紙の端がきらりと光り、文字がくっきりと浮かび上がる。

(この紙があれば、普通なら誰も逆らえない……でも私は知っている。これは全部、偽造だ。)

エミリアは淡い黄色のエレガントなドレスにレース手袋をはめ、扇子を巧みに操っていた。今にも泣き出しそうに俯き、肩は微かに震えているのに、涙は一滴も落ちない。そして瞳だけが、かすかに笑っていた。完璧な「庇護される聖女」の演技。

表向きは純真な聖女候補、だが実際は王家にとって都合のいい存在。

そして私は、操れない邪魔な女、だから切り捨てられる。

貴族たちの視線が交錯する。

赤いマントの貴族は眉をひそめ、緑のドレスの女性は口元をを隠して囁く。

王家に従う者、私を見下す者、計算づく黙る者――すべて私を裁くための舞台装置だ。

私は深く息を吸い、前世の記憶を呼び起こした。。

(ここで震えれば、前世と同じ結末だ)

(冷静に、論理的に、堂々と反論する)

「異議あり、ですわ」

その瞬間、広間の視線が再びに私へと集中した。

王太子は顔を赤くして、怒気を隠しきれていない。低く押し殺した声なのに、はっきりと響く。

「……なんだと?」ユリウス殿下は、わずかに眉をひそめて私を見下ろした。

「私に罪があるとおっしゃるのなら、正式な裁判をお願いしますわ。」

「……裁判も何も、お前の行いは明白だ!罪は逃れられない!」すかさず、エミリアが震える声で割って入る。

私は手紙を指さす。

「こちらの“証拠”は偽造ですわ。内容は全くの虚偽で、事実とは異なります。」

取り巻きの一人が慌てて口を挟む。

「しかし手紙が――」

「その手紙が王家に提出された経緯も疑わしいですわ。文字の筆跡、封蝋の位置……私の知識からして、偽造だと断言できます。」

貴族たちの間にざわめきが走る。

小声で囁き合う声、扇の音、靴の先端が床を擦る音。

全員が息を呑んだ瞬間、私は王太子の視線を正面から受け止める。彼は怒りに任せて動くタイプ。冷静な判断ができない。

ならば——ここを突く。

「さらに申し上げます。私は自分の立場を利用して国を害するつもりなど一切ございません。むしろ、今の状況は私を追い詰めるための策略でしかありません」

会場がさらに張り詰める。

エミリアは俯いたまま、微かに袖で顔を隠す。でもその手つきは、私に警告しているようにも見える。

(ここで黙っていたら終わり。婚約破棄なんて序章。本番はそのあと。

“王家への反逆”をでっち上げられて処刑——それが、前世で見飽きたバッドエンド。)

私は視線を、会場の隅へと向けた。

黒衣の男。

全身黒で包み、金色の瞳が冷たく光る。その存在だけで背筋がぴりりと強張った。

黒鷲公爵アレクシス・フォン・グラナート。

軍の半分がグラナート家の影響下にあり、財政も領地開発も、公爵家なしでは国が成り立たない。もはや王家より「国を支えている」本物の権力者。

彼が一度守ると決めた相手なら、王太子の命令ですら無効となる。

私は肩の力を抜き、手のひらにほんの少しだけ力を込めて、ゆっくりと会場の隅へと歩み出た。

そして彼の前に立ち止まる。

「公爵様、私と……契約結婚してくれませんか?」

会場が再び静まり返った。

ユリウスの顔が真っ赤に歪み、言葉を失っている。

エミリアも目を見開き、引きつった笑みを浮かべた。

取り巻きたちは小さく悲鳴を上げ、扇子の陰から鋭い視線を送ってくる。

この場にいる全員が、私の運命を見物する観客だ。

アレクシスは口元わずかに緩め、低く囁く。

「悪役令嬢様。その“契約結婚”、内容を聞こうか。」

私は深く息を吸い、彼の視線をまっすぐ受け止めた。

「単刀直入に申し上げますわ、公爵様。私は生き残りたい。そのために、あなたの庇護が必要です。」

アレクシスが興味深そうに眉を上げる。

「見返りは?」

「私を使ってください。社交界でも王宮でも、私の力を。“あなたの妻”という立場を、あなたの政治に有利に働かせますわ。情報、人脈、敵対派閥の弱点……王太子妃として仕込まれたすべてを、あなたのために使います。」

「王太子妃教育を“俺のために使う”か。……悪役令嬢らしいな。」

かすかに笑う。

「ええ。もう王家の飾りになるつもりはありませんもの」

ユリウスが叫ぶ。

「待て! レティシア、お前は俺と――!」

アレクシスは片手を軽く上げる。

それだけで王太子は声を失い、青ざめて震え上がる。

会場は再び息を呑む。

「……続けろ」アレクシスが静かに促す。

私は頷き、はっきりと告げる。

「公爵様、あなたも“妻”が必要でしょう?」

「理由を聞こう。」

「国の半分はあなたの力で動いている。そして残り半分は王家側にも、“あなたに刃向かう理由”が必要でしょう??そのためには、“公爵夫人”という表の立場が有効ですわ」

一瞬の静寂、遠くで誰かが息を呑む。

アレクシスはゆっくりと微笑む。

「気に入った」

「……!」

彼が一歩近づき、低く囁く。

「ただし条件がある」

私は息をのみ、静か頷いた。

「俺を出し抜くな。契約結婚とはいえ、俺を裏切れば、王家より先に、俺が君を追い詰める。」

背筋がひやりとする。

「ええ。その“真っ直ぐな脅し”、嫌いじゃありませんわ」

「……面白い。すべてを失う前に、俺を選ぶとはな。いいだろう、悪役令嬢。君を妻として迎えてやろう」

ユリウスの悲鳴が響く。

だが私は、もう振り返らなかった。

バッドエンドの脚本は、この瞬間、完全に書き換わった。

そして、これからどう生き残るかを、私は考え始めた。 

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