LOGIN「レティシア・ヴァルフォード。今日この場をもって、お前との婚約を解消する!」
ユリウス王太子の声が、広間の隅々まで鋭く響き渡る。 深紺の王家礼服には金糸の刺繍が施され、肩章と勲章が眩く光っていた。 その凛とした立ち姿には確かな威厳があった——もっとも、それは表面だけにすぎない。 「これより、レティシア・ヴァルフォードの罪状を読み上げる!」 王太子の声が再び広間に突き刺さる。冷たい視線。断罪の意志だけがそこにある。 「第一。聖女候補エミリア・ローゼンを嫉妬のあまり陥れ、虚偽の噂を流布した罪。」 ざわりと空気が揺れ、貴族たちが互いに顔を見合う。 「第二。王家への正式な報告文を偽造し、王国の秩序を乱した罪。」 扇子が落とす小さな音が、やけに大きく響いた。 「第三。王太子妃として求められる品位を欠き、王家の名誉を傷つけた罪。」 「以上三点、紛れもなく重大な背信行為である! これをもって、お前との婚約を正式に解消する!」 シャンデリアの光は眩いほどきらめき、壁の金箔や彫刻はそれを反射して輝く——まるで私を裁くために、すべての光が集められているかのようだった 貴族たちがざわめき、扇子の陰で口元を隠しながら、指先で私を指す。 嘲り、軽蔑、好奇心。 あらゆる視線が、無遠慮に私を貫いてくる。。 (やっぱり、こうなるのね……) 前世で何度も見た「悪役令嬢のバッドエンド」。これはその焼き直し——私はただ、それを静かに受け入れているだけだった。 「こちらの手紙がその証拠です!」 ユリウスはわざとらしく、“偽造された手紙”をひらひらと掲げる。 「王太子妃にふさわしくない振る舞いです!」 「聖女候補を害するなど、重罪にあたります!」 広間の空気が、一瞬で凍りつく。全員の視線が私に集中し。 (出た…台本通りの断罪イベント。また、この流れ。) 光を受けた紙の端がきらりと光り、文字がくっきりと浮かび上がる。 (この紙があれば、普通なら誰も逆らえない……でも私は知っている。これは全部、偽造だ。) エミリアは淡い黄色のエレガントなドレスにレース手袋をはめ、扇子を巧みに操っていた。今にも泣き出しそうに俯き、肩は微かに震えているのに、涙は一滴も落ちない。そして瞳だけが、かすかに笑っていた。完璧な「庇護される聖女」の演技。 表向きは純真な聖女候補、だが実際は王家にとって都合のいい存在。 そして私は、操れない邪魔な女、だから切り捨てられる。 貴族たちの視線が交錯する。 赤いマントの貴族は眉をひそめ、緑のドレスの女性は口元をを隠して囁く。 王家に従う者、私を見下す者、計算づく黙る者――すべて私を裁くための舞台装置だ。 私は深く息を吸い、前世の記憶を呼び起こした。。 (ここで震えれば、前世と同じ結末だ) (冷静に、論理的に、堂々と反論する) 「異議あり、ですわ」 その瞬間、広間の視線が再びに私へと集中した。 王太子は顔を赤くして、怒気を隠しきれていない。低く押し殺した声なのに、はっきりと響く。 「……なんだと?」ユリウス殿下は、わずかに眉をひそめて私を見下ろした。 「私に罪があるとおっしゃるのなら、正式な裁判をお願いしますわ。」 「……裁判も何も、お前の行いは明白だ!罪は逃れられない!」すかさず、エミリアが震える声で割って入る。 私は手紙を指さす。 「こちらの“証拠”は偽造ですわ。内容は全くの虚偽で、事実とは異なります。」 取り巻きの一人が慌てて口を挟む。 「しかし手紙が――」 「その手紙が王家に提出された経緯も疑わしいですわ。文字の筆跡、封蝋の位置……私の知識からして、偽造だと断言できます。」 貴族たちの間にざわめきが走る。 小声で囁き合う声、扇の音、靴の先端が床を擦る音。 全員が息を呑んだ瞬間、私は王太子の視線を正面から受け止める。彼は怒りに任せて動くタイプ。冷静な判断ができない。 ならば——ここを突く。 「さらに申し上げます。私は自分の立場を利用して国を害するつもりなど一切ございません。むしろ、今の状況は私を追い詰めるための策略でしかありません」 会場がさらに張り詰める。 エミリアは俯いたまま、微かに袖で顔を隠す。でもその手つきは、私に警告しているようにも見える。 (ここで黙っていたら終わり。婚約破棄なんて序章。本番はそのあと。 “王家への反逆”をでっち上げられて処刑——それが、前世で見飽きたバッドエンド。) 私は視線を、会場の隅へと向けた。 黒衣の男。 全身黒で包み、金色の瞳が冷たく光る。その存在だけで背筋がぴりりと強張った。 黒鷲公爵アレクシス・フォン・グラナート。 軍の半分がグラナート家の影響下にあり、財政も領地開発も、公爵家なしでは国が成り立たない。もはや王家より「国を支えている」本物の権力者。 彼が一度守ると決めた相手なら、王太子の命令ですら無効となる。 私は肩の力を抜き、手のひらにほんの少しだけ力を込めて、ゆっくりと会場の隅へと歩み出た。 そして彼の前に立ち止まる。 「公爵様、私と……契約結婚してくれませんか?」 会場が再び静まり返った。 ユリウスの顔が真っ赤に歪み、言葉を失っている。 エミリアも目を見開き、引きつった笑みを浮かべた。 取り巻きたちは小さく悲鳴を上げ、扇子の陰から鋭い視線を送ってくる。 この場にいる全員が、私の運命を見物する観客だ。 アレクシスは口元わずかに緩め、低く囁く。 「悪役令嬢様。その“契約結婚”、内容を聞こうか。」 私は深く息を吸い、彼の視線をまっすぐ受け止めた。 「単刀直入に申し上げますわ、公爵様。私は生き残りたい。そのために、あなたの庇護が必要です。」 アレクシスが興味深そうに眉を上げる。 「見返りは?」 「私を使ってください。社交界でも王宮でも、私の力を。“あなたの妻”という立場を、あなたの政治に有利に働かせますわ。情報、人脈、敵対派閥の弱点……王太子妃として仕込まれたすべてを、あなたのために使います。」 「王太子妃教育を“俺のために使う”か。……悪役令嬢らしいな。」 かすかに笑う。 「ええ。もう王家の飾りになるつもりはありませんもの」 ユリウスが叫ぶ。 「待て! レティシア、お前は俺と――!」 アレクシスは片手を軽く上げる。 それだけで王太子は声を失い、青ざめて震え上がる。 会場は再び息を呑む。 「……続けろ」アレクシスが静かに促す。 私は頷き、はっきりと告げる。 「公爵様、あなたも“妻”が必要でしょう?」 「理由を聞こう。」 「国の半分はあなたの力で動いている。そして残り半分は王家側にも、“あなたに刃向かう理由”が必要でしょう??そのためには、“公爵夫人”という表の立場が有効ですわ」 一瞬の静寂、遠くで誰かが息を呑む。 アレクシスはゆっくりと微笑む。 「気に入った」 「……!」 彼が一歩近づき、低く囁く。 「ただし条件がある」 私は息をのみ、静か頷いた。 「俺を出し抜くな。契約結婚とはいえ、俺を裏切れば、王家より先に、俺が君を追い詰める。」 背筋がひやりとする。 「ええ。その“真っ直ぐな脅し”、嫌いじゃありませんわ」 「……面白い。すべてを失う前に、俺を選ぶとはな。いいだろう、悪役令嬢。君を妻として迎えてやろう」 ユリウスの悲鳴が響く。 だが私は、もう振り返らなかった。 バッドエンドの脚本は、この瞬間、完全に書き換わった。 そして、これからどう生き残るかを、私は考え始めた。夜が明けきる前——。 満月の名残をわずかに残した薄青い空の下、黒鷲公爵邸の地下牢には、湿り気を帯びた冷たい空気が満ちていた。昨夜、月影の丘で捕らえられた四人の男たちは、鉄格子の牢へ押し込められている。 手首には縄。足には鎖。 顔には疲労と苛立ち、そして隠しきれぬ焦燥が浮かんでいた。石壁に掛けられた燭台の炎が揺れ、牢内に長い影を落とす。やがて、重い扉が軋んで開いた。先に入ってきたのはエルヴィンとオットー。 その後ろから、アレクシスが静かに姿を現す。地下牢の空気が、さらに冷えたように思えた。オットーが一歩前へ出る。 だが、男たちの前まで進んだのはアレクシスだった。黒衣の公爵は鉄格子の前で足を止め、四人を順に見渡す。「名を名乗れ」低く落ち着いた声だった。しかし、誰一人として口を開かない。沈黙が続く。アレクシスは眉一つ動かさず、淡々と言葉を継いだ。「ならば、質問を変える」その視線が、昨夜笛を持っていた男へ向けられる。「お前たちは、子供を攫いに来たのではない」男の眉がぴくりと跳ねた。「……何の話だ」「昨夜、お前は笛を吹いた。呼び寄せるための合図だ」アレクシスの声は静かだった。「だが、武装も縄もなかった。人数も少ない。子供を力ずくで連れ去るには不自然だ」男たちは黙ったまま、互いに視線を交わす。「つまり——」アレクシスの眼光が鋭くなる。「お前たちは、子供たちが集めた鉱石を受け取りに来た」沈黙が落ちた。否定の声は、誰からも上がらない。アレクシスはさらに一歩、鉄格子へ近づいた。「どうしてグラナート領の鉱石を盗む」低く放たれた問いに、男たちの肩がわずかに揺れる。先頭の男が舌打ちした。「……盗む? 大げさだな」「領主の許可なく持ち出した時点で盗みだ」揺るぎのない声音だった。「しかも孤児を使い、採掘させていた」若い男が顔をしかめる。「俺たちは掘ってねぇ。ただ受け取って——」言いかけて、はっと口をつぐむ。オットーが鼻で笑った。「また自分で喋ったな」「くそっ……!」オットーは意に介さず、さらに追い打ちをかける。「なぜグラナート領の鉱脈が標的になる? この地の鉱山は領主直轄だ。無断採掘が重罪と知らぬはずもあるまい」アレクシスの声が、石壁に冷たく響いた。「答えぬなら、四人まとめて主犯として裁く」男たちの顔色
陽が完全に落ち、黒鷲公爵邸の広大な敷地は、不気味なほど深い静寂に包まれていた。空には、約束されたように満月が皓々と輝き、その銀の光が地上のすべてを冷たく、そして鮮明に照らし出している。 昼間の穏やかさは消え、今宵の世界は、月だけのものだった。やがて、公爵邸の裏門が音もなく開かれる。そこから、一団が静かに滑り出した。先頭を進むのは、漆黒の毛並みを持つ大きな馬に跨ったアレクシス。 その隣には、同じく馬を駆るレティシアの姿があった。夫妻の後方には、オットー率いる治安隊、さらにエルヴィンとハースを含む精鋭たちが続く。 誰一人として無駄口を叩かず、蹄の音さえ抑えるように進んでいた。月明かりの下、一行は北西へと続く丘道を進む。「……この先だ。旧街道の分岐点が見えてくる」低く告げるアレクシスに、レティシアは小さく頷いた。冷えた夜気が頬を撫でる。 握った手綱の感触が、現実を強く意識させた。(本当に……来てしまったのね)不思議と後悔はなかった。 胸の奥にあるのは、緊張と——見届けるという意志だけだった。やがて視界が開け、一行は広い分岐点へとたどり着く。そこは、北西の山際へ続く旧街道と、領内へ戻る道とが交差する場所だった。 傍らには古びた石造りの道標が立ち、風雨に削られた文字が月光に浮かび上がっている。アレクシスはそこで手綱を引いた。「ここから先は馬を降りる。月影の丘は、この先の獣道の奥だ」全員が静かに馬を下り、手早く木陰へ繋いでいく。レティシアも足を地につけ、前方へ視線を向けた——その瞬間、息を呑んだ。分岐点の先、小高い丘の斜面全体が、淡く青白い光を帯びていた。まるで大地そのものが、内側から発光しているかのようだった。「……綺麗……」思わず漏れた声は、夜に溶けるほど小さい。月影の丘。 グラナート領北西部に位置するその場所は、満月の夜になると、地表に混じる含銀石が月光を反射し、丘全体が銀色に輝いて見える。夜の闇の中に浮かび上がる幻想的な景色から、古くより人々はこの丘を“月影の丘”と呼んできた。だが今夜、その美しさはどこか不気味でもあった。 静寂と光が、これから起こることを待っているように思えたからだ。「配置につけ」アレクシスの短い命令で、全員が散開する。オットー率いる治安隊は街道沿いの茂みに。 エルヴィンは丘裏へ兵を導き、退路を断
満月当日の朝——黒鷲公爵邸の執務室には、すでに重い空気が満ちていた。窓の外は穏やかな朝の光に包まれている。だが室内には、それとは対照的な緊張が漂っていた。机の上には、昨夜よりもさらに詳細な地図が広げられている。地形の起伏、木々の密度、小道の幅に至るまで、細かく書き込まれていた。アレクシスは腕を組み、その地図を見下ろしている。「報告を」低い声に、エルヴィンが一歩前に出た。「はっ。偵察により、新たな痕跡を確認しました」彼は地図の一角を指差す。「こちらの小道——わずかですが踏み固められた痕跡が確認できました」レティシアの視線が動く。「……やはり」エルヴィンは頷く。「敵が偵察、あるいは別経路として使用する可能性が高いと判断します」アレクシスは短く息を吐いた。「正面だけでは来ない、か」ハースが続ける。「現時点の配置では、小道側の警戒がやや薄いかと」沈黙が落ちる。やがて、アレクシスが口を開いた。「配置を変更する」その一言で、空気が引き締まる。「丘裏の十名から二名を外し、小道へ回せ。街道沿いはそのまま維持」「はっ」「加えて——」アレクシスの指が地図の中央をなぞる。「包囲の合図は二度の発光信号に統一する」その言葉に、レティシアはわずかに首を傾げる。「発光信号……?」ハースが小さな白い棒状の器具を取り出し、実際に見せる。覆いをずらすと、光が一瞬だけ外へ漏れ、すぐに消えた。「このように、必要なときだけ光を見せます」「一度で待機の合図、二度で包囲の合図です」レティシアは小さく息をついた。(なるほど……音を使わない合図)ほんの一瞬、別の光景が脳裏をよぎる。(……ライブのペンライトみたいなものね。ただし——)視線がわずかに鋭くなる。(これは“見せるため”じゃなく、“伝えるため”の光)彼女は静かに頷いた。「理解しました」ハースがすぐに書き留める。「撤退基準は?」エルヴィンが問う。「敵が三隊以上に分散していた場合は深追いするな。確保を優先し、追撃は禁止」合理的で、冷徹な判断だった。レティシアは静かに口を開く。「……子供たちの安全は、館内で完全に確保しておきます」アレクシスは一瞬だけ彼女を見る。「頼む」そして——「本作戦は、本日夜。満月が最も高く昇る刻に実行する」それは、決定の宣言だった。
王宮の晩餐会から一夜明けた王都は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。 だが、その静けさの裏で、いくつもの思惑が音もなく動き出していた。 アウグストの机の上には、王国の財務報告と、各地の軍需支出の推移を示す帳簿が幾重にも広げられている。 整然と並ぶ数字の列——だが、その一つひとつが、確かに“動き”を示していた。 向かいの椅子に座るのは、妻のエリザベート。 朝の身支度を終えたばかりで、わずかに乱れた髪も、その優雅さを損なうことはない。 エリザベートは静かに帳簿へと視線を落とした。 「昨日の殿下との面会……いかがでしたか?」 「ああ」 アウグストは一枚の紙を指で押さえた。 「これだ」 そこには、ここ数ヶ月の軍需支出の内訳が記されている。 一見すれば、大きな異常はない。 「黒鷲家の鍛冶工房による軍需品の購入量が増えている。規格も供給網も王都と同一だ。 だが、現時点ではまだ五割に達していない——ゆえに殿下は問題視しなかった」 その意味を、エリザベートはすぐに理解する。 「では、このまま進めば——」 「線を越える」 アウグストは静かに言葉を重ねた。 「供給の五割を超えた時点で、中央は介入するだろう」 その基準は明確だった。 「それまでは?」 「黙認だ。むしろ利用するだろう。黒鷲に一部を担わせることで、鍛冶工房の管理や工匠の負担、品質維持の面でも中央の負荷を軽減できる」 エリザベートは静かに頷いた。 「……合理的ですわね。王太子殿下らしいご判断です」 アウグストはわずかに目を細める。 「だが同時に——」 その声が、わずかに低くなる。 「黒鷲側も“試されている”ことは理解しているはずだ」 晩餐会の光景が脳裏に蘇る。 「……あの夫人、ですか」 エリザベートは静かに紅茶を口に運んだ。 「私、あの方に興味がございますわ。 あの落ち着き、あの言葉の重み…… とても地方貴族の娘に見えるものではありません」 しばしの沈黙。 やがてエリザベートは、わずかに微笑む。 「黒鷲公爵家は、思っていた以上に“盤上の駒”ではなさそうですね」 「もとより駒ではない」 アウグストは淡々と返した。 「だが今は——」 その視線が鋭くなる。 「“盤そのものを揺るがす可能性”が出てきた」 部屋に、静かな緊張が満ちた。 —— 大神殿の聖堂には、高窓
その言葉は、冗談のようでいて——どこか探るようでもあった。 レティシアは一瞬だけ目を瞬かせる。 「……どういう意味でしょうか、公爵様?」 静かに問い返す声は、落ち着いている。 だが、その胸の奥では、わずかに鼓動が早まっていた。 (やっぱり……気づかれている?) アレクシスは肩をすくめ、小さく息を吐く。 「いや……」 視線を子供たちへと向けたまま、続けた。 「以前の君は——常に上から目線で、人を寄せつけなかった。だが、今は違う」 その言葉に、レティシアはわずかに息をのむ。 「人を遠ざけ、自分の殻に閉じこもっていたはずだ」 静かな指摘。 けれど責める色はない。 ただ——事実を述べているだけだった。 レティシアはほんの少しだけ視線を落とし、そして再び顔を上げる。 「……人は、変わるものです」 短く、しかしはっきりと。 アレクシスの視線が戻る。 「そうか」 その返事は淡々としていたが、どこか納得しているようにも響いた。 「ならば、その変化を信じるとしよう」 そして、ほんのわずかに微笑む。 「今の君は……嫌いではない」 その一言に、レティシアの目がわずかに見開かれる。 すぐに、ふっと柔らかく笑った。 「光栄ですわ、“冷酷の公爵様”」 そして、はっきりと告げる。 「ならば、その方針で進めよう。教師の件は、私が責任を持って探す」 「ありがとうございます、公爵様」 「それまでは——」 アレクシスはわずかに視線を和らげる。 「君に任せる」 レティシアは一瞬驚いたように目を瞬かせ、やがて柔らかく微笑んだ。 「はい、喜んで」 そのとき—— 「奥さま!」 別の子供が駆け寄ってきて 「おかわり、してもいいですか?」 そう尋ねてきたのは、ルーカスだった。 彼の手には、空になった木の器が握られている。 「もちろん。たくさん食べて、元気にならなきゃね」 レティシアが微笑むと、ルーカスはぱっと顔を輝かせて、厨房へと駆けていった。 (食べ物をねだることすら、最初は遠慮していたのに……) ほんの数日前まで、彼らは飢えと恐怖の中にいた。 それが今では、少しずつ、子供らしい表情を取り戻しつつある。 食後、子供たちは寝室へと移動し、リナと数人の使用人が寝かしつけを手伝っていた。 レティシアも一人ひとりに毛布をかけ、額
孤児院の準備 翌朝、館の一角では、静かに、しかし着実に変化の音が響いていた。 レティシアは袖をまくり、使用人たちと共に、かつて物置として使われていた西棟に立っていた。 「この部屋と隣の部屋を子供たちの寝室にしましょう。男女で分けて使うようにして。陽当たりもよく、風通しも悪くないわ」 「かしこまりました、奥様」 リナが頷き、手にしたほうきを動かし始める。 他の使用人たちも、古びた家具を運び出し、窓を開けて空気を入れ替えていく。 レティシアは、部屋の隅に積まれていた古いカーテンを手に取り、しばらく見つめた。 色褪せた布地に、かすかに花の刺繍が浮かんでいる。 その瞬間、胸の奥に、懐かしい感覚が走った。 (……この模様、どこかで……) ふと、佐藤美穂の時の記憶がよみがえる。 高校生の頃、祖母が自分のために縫ってくれたカーテン。 狭いアパートの窓辺にかかっていた、スミレの刺繍。 両親は離婚し、私の養育を放棄しました。 五歳の頃の私は、どうして両親が離婚したのか分からず、「自分が悪かったからじゃないか」と、ずっと自分を責めていました。 だから、捨てられたのだと、そう思っていたのです。 その後、児童養護施設に入り、一年ほどして祖父母に引き取られました。 祖父母は決して裕福ではありませんでしたが、本当に私を大切にしてくれました。 私の好きな料理を作ってくれて、誕生日も祝ってくれて、友達とけんかしたときには、人との向き合い方を教えてくれました。時には叱りながらも、いつもそばで見守り、支えてくれたのです。 祖父母と過ごした十年間は、私の人生でいちばん幸せな時間でした。 (……でも) 胸の奥が、わずかに痛んだ。 「奥様?」 リナの声に、レティシアははっとして顔を上げた。 「ごめんなさい。少し、昔のことを思い出していたの」 「……大丈夫ですか?」 「ええ、大丈夫よ」 レティシアは微笑み、カーテンの埃をそっと払い、洗濯係に手渡した。 「これ、使えるようなら洗っておいて。きっと、子供たちも喜ぶわ」 「はい、奥様!」 (あの頃の私が欲しかったものを、今度は私が与える番……) 彼女は微笑みながら、そっとカーテンの埃を払い、洗濯係に手渡した。 「これ、使えるようなら洗っておいて。きっと、子供たちも喜ぶわ」 「はい、奥様!」 その頃、子供